悲しい老後

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母のことを、妹に任せてばかりいられないので、母担当のケアマネジャーと、先ほど電話で話しました。
入所したばかりのころは、地元に帰りたいと泣いてばかりいたそうです。

でも、今は楽しそうに、ディサービスに行き落ち着いていますということでした。

地元、東京都心のある地区に、母は70年近くも住んでいたのだから・・・
住み慣れた土地を離れるのはどんなにか悲しかったかと思います。

母の友人たちは、次々と遠くの施設に入れられていきました。
(たぶん、本人の希望ではないと思います)

亡くなられた方もたくさんいます。

それを見ていた母は、明日はわが身といつも怯えていました。

年老いても住み続けたかったであろう私の実家である母の家。
兄夫婦と二世帯住宅でした。

母は老後資金のために貯めておいた1000万円を、その家のローンにつぎこみました。

それでもローンを払えずに、兄は実家を手放しました。

どれだけのローンを組んだのかわかりませんが、
バブル時代に建てた家です。

借金に苦しんでいたとは、知りませんでした。

老人ホームに入れられる、姨捨山に捨てられる
明日はわが身と怯えていた母ですが、
今年五月に、ついにその時は来ました。

いやがると思いましたが、案外すんなりと入ってくれました。
自分が認知症であることを自覚し始め、このままでは、息子夫婦に迷惑をかけると思ったのでしょう。

救いは、妹の近くの高齢者住宅に入れたことです。

もし、地方の老人ホームだったら、誰も会いに行かなかったと思います。

私も、月一度か二度しか行けないけれど・・・

息子夫婦に大嫌い!と言われた母を、憐れに思います。
そんなこと、母は全く知りません。

そして、年金が入る通帳は、兄夫婦が管理しています。
施設の費用は、年金だけでは足りません。

兄が負担しています。
お金を出してくれるだけでも、助かるので、兄に文句は言えません。

帰る家もなし。
すすむ認知症。

悲しい老後になってしまいました。

好きで認知症になったわけではないのです。
早くあの世に行きたいという言葉を聞くたびにせつなくなります。

ご訪問くださりありがとうございました。

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